4.27.2016

第1章 標準的透析操作

第1章 標準的透析操作

 本章では,血液透析療法の「準備・開始・回収・片づけ」という一連の行程について,今日の知見に基づいて,感染対策という視点から「標準的」とも呼べる手技について述べる.なお,I および II 節(血液透析の準備)において,添付文書などを基に行われる行為については,エビデンスレベルを記載せずに表記した.





Ⅰ 基本的感染防止対策の遵守


1.透析室従事者側の準備


1) 発熱・下痢などの感染症を疑う症状があるときは,透析室に入室する前に電話等で連絡し,医師の診察を受け,勤務可能かどうかを決定する.

2) 爪は短くして,マニュキュアはしないなど身なりを整える.Level 2 B)

3) 穿刺,止血,カテーテルへのアクセスや管理,創部の処置などの手技の前は,石けんと流水による手洗いまたは速乾性手指消毒薬による手指衛生を行い,未使用のディスポーザブルの手袋を着用する.それらの手技の終了後,ただちに手袋を外して廃棄し,手指衛生を行うLevel 1 A)

4)穿刺,止血,カテーテルへのアクセスや管理,創部の処置といった血液などの飛散が予想される場合は,ディスポーザブルの非透水性ガウンまたはプラスチックエプロン,サージカルマスク,ゴーグルあるいはフェイスシールドを着用する.(Level 1 C)

5)手指に外傷や創がある場合は創部を覆うなど特別な注意を払い,自らへの感染を防止すると同時に感染を媒介しないよう厳重に注意する。



【解説】
1)           発熱・下痢などの感染症を疑う症状があるときは,透析室に入室する前に電話等で連絡し,医師の診察を受け,勤務可能かどうかを決定する.
わが国の血液透析室は,血液が飛散しやすい体外循環治療を, 1 つの大部屋に数十人が同時に行うという形態が一般的である.また,透析患者は易感染者(compromised host)であり1)B 型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus;HBV),C 型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus;HCV),ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus;HIV),ヒト T 細胞白血病ウイルス(Human T-cell Leukemia Virus Type 1;HTLV-1),インフルエンザウイルスやノロウイルスの院内集団感染を起こす危険が大きい患者群と言える.こうした特殊性を踏まえ,標準予防策を徹底するだけでなく,「血液透析患者のための特別な感染予防策」が必要である2)
「医療関連感染」の対象者は,入院患者,外来患者だけでなく,見舞人,訪問者,医師,看護師,その他職員,さらには院外関連企業の職員等をも含む3).従って,透析室従事職員は, ①自らがウイルス等の感染源とならないよう,細心の注意を払って業務に臨む必要があること,②穿刺など侵襲のある行為を実施した後に,透析ベッド間(別の患者間)でのディスポーザブル手袋や器材を共有しないことの 2 点を大原則として準備を整えておく必要がある.医療従事者自身が感染症に罹患している可能性があると判断された場合は,速やかに医師の診察を受ける.安易に勤務してはならない.特に結核,インフルエンザ,ノロウイルスに罹患している可能性がある場合は,医療従事者の責務として慎重に対応しなければならない.

2)           爪は短くして,マニュキュアはしないなど身なりを整える.
Level 2 B)
「身だしなみ」について,例えば,爪が長いと手洗いをしても爪と皮膚の間に細菌が残りやすくなり,髪が垂れていると,
穿刺などの処置に際して,清潔区域を汚染させる危険性が増す.アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は,手指衛生のガイドラインにおいて爪の先端を 1/4 インチ(6.35 mm)未満に保つよう推奨している4).マニキュアは微生物汚染の増大とは関連しないが,マニキュアがはがれてくると,爪上の微生物数が増加する可能性が指摘されている5).少しでも感染のリスクを減らすために,白衣・術衣の洗濯・交換など「身だしなみ」を整えることは重要である.これらは医療従事者のマナーの問題でもある.

3)           穿刺,止血,カテーテルへのアクセスや管理,創部の処置などの手技の前は,石けんと流水による手洗いまたは速乾性手指消毒薬による手指衛生を行い,未使用のディスポーザブル手袋を着用する.それらの手技の終了後,ただちに手袋を外して廃棄し,手指衛生を行う.(Level 1 A)
手指衛生は感染対策上,最も有用性が高い.手袋を外した後でも手指衛生を行うことは必須である.それは,ピンホール等から手指に微生物が侵入している可能性があるためである6)~9)

4)           穿刺,止血,カテーテルへのアクセスや管理,創部の処置といった血液などの飛散が予想される場合は,ディスポーザブルの非透水性ガウンまたはプラスチックエプロン,サージカルマスク,ゴーグルあるいはフェイスシールドを着用する.
Level 1 C)
サージカルマスクは,処置ごとに取り換えることが望ましいが,常時着用し続けても構わない.その他,個人防護具(Per-sonal Protective Equipment;PPE)の項(第 IV 章 3)を参照.

5)           手指に外傷や創がある場合は創部を覆うなど特別な注意を払い,自らへの感染を防止すると同時に感染を媒介しないよう厳重に注意する.(Level 2 B)
ディスポーザブル手袋で覆われていない部位に傷がある場合も,飛散物により感染する可能性があるため,傷口は,撥水性の素材で覆う必要がある10)


2.患者側の準備(患者教育の徹底)

1)インフルエンザやノロウイルス感染症が当該地域で流行期にあるとき,発熱・下痢などの症状が出現した場合,透析施設やクリニックに出かける前に,電話等で医療スタッフに連絡し,その指示を受けるよう指導する.また,そうした感染症の疑いのある症状が出たときは,速やかにスタッフに申し出るよう患者に指導する。

2)内シャントの患者は穿刺前にシャント部を中心にシャント肢全体を通常の石鹸を使って流水でよく洗浄する.自分で洗浄できない患者は,皮膚に汚れがないことを確認し,手指衛生には速乾性手指消毒薬を用いてもよい。

3)施設内のトイレや洗面所などで,手を拭く場合,ペーパータオルや個人用タオルなどを用い,共用を避ける.

4)咳の出ている患者はサージカルマスクを着用する.
Level 1 A)

5)止血綿やインスリン注射針など血液で汚染された物品は机上などに放置せず,直接,感染性廃棄物入れに廃棄するよう指導する.(Level 1 A)

6)血液,体液,分泌物,排泄物(汗を除く),正常皮膚組織の剝離した局面,粘膜などは感染の危険があることを説明する.
Level 1 A)

7)手洗いの励行という日常の習慣を身に付ける.(Level 1 A)
感染症情報など,リアルタイムで患者に情報を提供し,その施設における「感染対策ガイドライン」についても周知するように日常的な患者教育を行う.(Level 1 B)



解説

1)           インフルエンザやノロウイルス感染症が当該地域で流行期にあるとき,発熱・下痢などの症状が出現した場合,透析施設やクリニックに出かける前に,電話等で医療スタッフに連絡し,その指示を受けるよう指導する.また,そうした感染症の疑いのある症状が出たときは,速やかにスタッフに申し出るよう患者に指導する.
HBV,HCV,HIV,HTLV-1 など,血液を媒介とする感染源を保有している患者には,患者およびその家族に「自らが感染源」にならないための留意事項について,具体的に教育しておくことが必要である.
 インフルエンザウイルスやノロウイルスなどの感染症についても,血液透析患者や高齢者にとっては,重症化する恐れがある危険な感染症11)であることをよく理解してもらう必要がある.また,「検査で陰性だったからインフルエンザ(ノロウイルス)ではない」と安易に考えず,偽陰性である場合もあるため12),発熱,下痢などの感染と思われる症状がある場合は,自らが感染源になりうるということをよく理解してもらい,早期に対処できるように患者教育を徹底しておかなければならない.インフルエンザ,ノロウイルス感染症の流行期には,症状が出た場合,来院する前に病院(施設)に連絡するよう,予め,患者や家族に説明しておく必要がある.疑いがある場合,来院時間,入室の道順,ベッドの変更など,施設ごとに適切な指示を出すことも必要である.

2)           内シャントの患者は穿刺前にシャント部を中心にシャント肢全体を通常の石鹸を使って流水でよく洗浄する.自分で洗浄できない患者は,皮膚に汚れがないことを確認し,手指衛生には速乾性手指消毒薬を用いてもよい.
血液透析患者の感染症のうち,細菌感染症ではバスキュラーアクセス関連感染が最も多い13).自己血管使用皮下動静脈瘻arteriovenous fistula;AVF)<人工血管(グラフト)<カテーテルの順にその危険性が高くなるとされている14).汚れ,血液,粘膜,組織は消毒作用の妨げになる15).入室前のシャント肢の洗浄は透析室に病原体を持ち込ませないためにも必須である. 3)施設内のトイレや洗面所などで,手を拭く場合,ペーパータオルや個人用タオルなどを用い,共用を避ける.
手洗い後に手を拭く場合,タオルやハンカチを共用すると病原微生物が再付着する危険がある.ペーパータオルやハンドドライヤーを設置することが望ましい.洗浄後の手拭きは,ペーパータオルや個人専用のものとし,タオル等を共用しないようにする.

4)           咳の出ている患者はサージカルマスクを着用する.
Level 1 A)
咳があるときは,「咳エチケット」に準じサージカルマスクを「通院時より帰宅まで着用する」16)

5)           止血綿やインスリン注射針など血液で汚染された物品は机上などに放置せず,直接,感染性廃棄物入れに廃棄するよう指導する.(Level 1 A)
感染性廃棄物の廃棄場所については,予め,患者に詳しく説明しておく必要がある.患者待合室などの「一般のごみ入れ」に廃棄することがないよう留意する.

6)           血液,体液,分泌物,排泄物(汗を除く),正常皮膚組織の剝離した局面,粘膜などは感染の危険があることを説明する.
Level 1 A)

7)           手洗いの励行という日常の習慣を身に付ける.(Level 1 A)

8)           感染症情報など,リアルタイムで患者に情報を提供し,その施設における「感染対策ガイドライン」についても周知するように日常的な患者教育を行う.(Level 1 B)
標準予防策の遵守については,医療従事者だけではなく,日常的な患者への教育も必要である.患者教育は日々の診療の合間に適時行う.特に大きく手順を変更したり,新たな手順を追加したりする場合には,この変更で感染制御に関する安全性がいかに高くなるかを繰り返し伝える.患者会行事などがあれば,そうした機会を利用して,教育をすることも大切である。









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